2017年2月5日日曜日

映画 虐殺器官 感想:やっと伊藤計劃の凄さがわかった!

 劇場版アニメ『虐殺器官』を映画館で見てきました!伊藤計劃氏の原作小説は未読なんですが、PROJECT ITOHの前2作と比べても重量級!大人の鑑賞に耐える見応えのある作品でしたね。ようやく伊藤計劃の凄さが理解できた気がします(笑)

「虐殺器官」予告映像より画像引用
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(C)PROJECT ITOH/GENOCIDAL ORGAN

 ストーリーは複雑なんですが初見でも一応理解できました。細かいところは別として大枠で疑問は残らなかったのは良かったです。ハードな内容なので『面白い』って表現は適切じゃないんですが、かなり知的好奇心を刺激される作品でしたね。

 原作は2007年発表ですが、10年後である2017年の今見るとの世界情勢の捉え方が示唆的で本当に考えさせられますね。戦闘シーンも『すっごい見どころ』なんですが、エンターテイメントというより硬派な社会派SFというべき作品だと思いました。

「虐殺器官」予告映像
ノイタミナ YouTubeチャンネル(公式配信)

※後半からネタバレのレビューとなりますのでご注意ください。

大きな歴史の流れを力強く描く大作


 初日に映画館に行ったんですけど、結構女性の一人客が多かったのでびっくりしました。あれ、女性向きの作品なのかな?ってちょっと心配になりました。

主人公のクラヴィス・シェパード
イケメンだが特に女性向きの作品ではない。
1作目とはかなり風合いの違う作品だった。
(C)PROJECT ITOH/GENOCIDAL ORGAN

 というのも1作目の『屍者の帝国』も女性ファンがすごく多かったんですが、個人的にはちょっと乗れなかったんですよね。ファンタジーSFという感じで、イケメンキャラも多いし女性に受けるのも納得だったんですが・・・。
 2作目の『ハーモニー』は近未来の日本を舞台にした社会派SF作品で、設定などはすごく興味深かったです。

 でも説明調のセリフが多くて起伏の少ない独特の作品で、映画として面白いか?と言われると少し物足りなさはありましたね。でも原作小説を読んでみたいと思わせる良さはありました。
関 連 『ハーモニー』感想:2015年に見たアニメ映画 感想 総まとめ! より - アニメとスピーカーと
 それに比べると、3作目となる『虐殺器官』はすごいですね。ファンタジーとは無縁のリアル世界。時間軸も現代に近い近未来。特に世界情勢の捉え方が素晴らしいです。

 『現代のアメリカを予言しているようだ』という話もありましたが、表面的な一致だけでなくて大きな歴史の流れを描こうとする力強さを感じました。

 かといって理屈だけにならずに戦闘シーンの迫力や起伏のあるストーリーでアクション作品としても高いレベルなんで映画としても見応えありました。


人類という『種族』の業を描く


 この作品では単に『架空歴史』を描くのではなく、重層的な視点で人間そのものの本質に迫ろうとしているのがすごいなと思ったんですよね。

 一つは9.11以降の世界というマクロ的な視点。もう一つは近未来的な兵士による個としての人間を描くミクロ的な視点。それを人類の進化の歴史に根ざした『人類という種の持つ業』というべきSF視点で繋げるのが見事。

 小説が原作のせいか『ハーモニー』のような説明調になるところは多少あるのですが、あまり気になりませんでした。『戦闘シーンの緻密な描き方』の素晴らしさでカバーできていたと思います。

 1人称視点の映像を使った演出が効果的でしたね。すごい緊迫感でした。こればかりは小説では表現しきれない部分なので映像化として成功していると思いますね。

コンタクトレンズ型のディスプレイの映像
ゲームのようだがすごく良い効果。没入感を高める演出になっていた
(C)PROJECT ITOH/GENOCIDAL ORGAN

 さらにすごいのは、こういう戦闘シーンもテーマの本質に繋がってくる感じが良いんですよね。単なる添え物としてのカッコよさじゃないんですね。

 これだけ複雑なテーマにもかかわらず初見でも理解できるようにしたのは立派。小説と違って読み返せないハンデを映像で補えていると思います。

 もちろん全て疑問なく理解できたわけじゃないですけどね。でも、1、2作目では終わった後の疑問が多かったので・・・すっきり見終われただけでも嬉しいです(笑)

※次項よりネタバレありの考察があります。
 未見の方はこちらでスキップ。

先進国へのテロは防げない


 伊藤計劃さんがスゴイって話は聞くけど、正直今までの2作だとピンと来なかったんですよね。(『ハーモニー』では確かに興味は湧きましたけど)

 でもさすがに『虐殺器官』はスゴイと思いました。しかもこれが最初の発表作品なんですね。それはビックリしますね。

 原作発表が2007年ですもんね。その頃は9.11も歴史になりつつあって、中東でテロが頻発しながらも、先進国ではテロの脅威は今ほどは切迫してなかった時代ですもんね。

先進国でのテロの脅威が世界に与える影響
9.11以降の世界への想像力に感嘆した
(C)PROJECT ITOH/GENOCIDAL ORGAN

 その時点でここまで想像するってすごいな。みんなが驚くのも無理はないですよね。特に驚いたのは、先進国がセキュリティーをいくら厳しくしても、テロを完全に防ぐことはできないと見通している所ですね。

 その上で『本当のテロ対策』である殺し合いをさせる・・・この発想だけ聞くと荒唐無稽なんだけど、ここに人間の脳の機能についてのSF設定をかぶせる事で説得力をもたせているんですよね。

 その上で『人は見たいものしか見ない』という普遍的な感覚と、『遠くの不幸より自分の家族を守りたい』という人の本音を織り交ぜていくのが素晴らしいですね。本当に色々考えさせられます。

アメリカファーストの予見


 まさに今のトランプ大統領のスローガン『アメリカファースト』を連想してしまうんですよね。グローバル化によって旧来の枠組みが解体された先にある世界。

 『見ず知らずの途上国の国民のために、自らの安全と安定を犠牲にできますか?』って問われた時、人々はどうするか・・・伊藤計劃はそこを想像していたのだろうか。

プラハのシーンは一見地味だけど
ヨーロッパとアメリカの方向性の違いまで描かれているのが興味深い
(C)PROJECT ITOH/GENOCIDAL ORGAN

 リベラリズムの拠り所の一つは『弱者の味方』って事だけど、グローバル化で救済する弱者が『他国の弱者』になってしまったら、『自国の弱者』はアメリカファーストに共鳴してしまうもんね。

 2007年当時はブッシュ政権で保守の弱体化と先鋭化が予見されていたけれど、その後のリベラルの行き詰まりとアメリカの分裂まで予見するようなストーリーには本当に驚きました。

 グローバル化の先に待っていたのはフラットな理想世界ではなく、激しい揺り戻しによって旧来の枠組みが解体した世界。自己の安全のためには『人道主義』も無力なわけで・・・本当色々考えさせられましたね。

 ジョン・ポールの人類の進化の話を聞きながら、現代人の歴史もまた『大きな人類史の一コマ』にすぎないんだよなぁ・・・って思いました。

後半のインドの制圧シーンは圧巻


 とはいえ、この作品は理屈だけじゃなくて『戦闘シーン』もすごいですよね!特に後半のインドの制圧シーンは圧巻でした。ここは映像化ならではの構成で原作からも少し変えてあるみたいですね。本当に大成功だと思います。

 あの『マクロスのボッド』みたいな降下兵器は興奮しましたね。さらに分裂して戦闘ドローンになるのもすごい。まさに圧倒的火力!に興奮させられました。

凄まじい制圧力の歩兵ボット
リアリティを感じる未来兵器に圧倒された
(C)PROJECT ITOH/GENOCIDAL ORGAN

 しかし、少年兵との戦闘はすごかったですね。麻薬で狂った子供達が次々と死んでいくシーンは見ている方の神経も消耗させますね。感情調整されたクラヴィス達の淡々とした攻撃も異常性を強調します。

 そして何と言っても圧巻はヘリ墜落後の傭兵部隊との交戦シーン。クラヴィス達と同じく敵兵たちも痛覚マスクしているので、撃たれても死ぬまで反撃してくる恐ろしさ。『ハンバーグになるまで』ってすごい表現でしたね。

 クラヴィスが嫌悪感を示すシーンは、立場は違っても自分も敵兵や少年兵と変わらないじゃん・・・っていう嫌悪感なんでしょうね。改造されて殺し合いをさせられている同族嫌悪。あそこは印象に残りました。

 さらに米軍の仲間も体が半分になりながらも戦闘を続ける異常さ・・・あのシーンは同じくヘリが墜落する映画『ブラックホーク・ダウン』のような絶望感がありました。

 本当にすごかったですね。初見で一番心に残ったシーンでした。

アニメ版は地上波放送は難しい?


 『虐殺器官』がアメリカで実写映画化というニュースも流れましたね。実写に向いているシーンも多いので楽しみですが、少年兵のシーンなどはどうするのか心配もありますね。戦闘シーンは相当金をかけないとチャチになりそうだし。
伊藤計劃「虐殺器官」を「オールド・ボーイ」パク・チャヌク監督が実写映画化 - 映画.com

 アニメ版の本作はR15+指定(15歳以上)なんですよね。残虐シーンだけでなくてテーマも誤解されやすいので子供向きではないですね。(ハーモニーはPG12指定でした)

 アニメ作品としては興行的にR15+だと大変かもしれませんが英断ですね。その分思いっきりやってくれた感じがします。とはいえ、R15+だと地上波でのノーカット放送は厳しいでしょうね。

想像力の刺激される作品


 そういう意味でも、社会派の作品やハードSFが好きな人は一度は映画館で見て損はないと思いますね。確かに初見だと中盤は少し退屈で長く感じるかもしれませんけど、映像化ならではの見どころも多いですからね。

ルツィアのシーンは初見ではちょっと退屈に感じたかな
チェコ人設定なので日本人には少し感情移入しにくいのかも
本作に日本は出てこないので米映画化は興味深い
(C)PROJECT ITOH/GENOCIDAL ORGAN

 小説だと違和感ないシーンも映画としてみると冗長に感じるのかもしれませんね。まあPROJECT ITOHと銘打ったシリーズなので大幅な改変は難しかったのでしょうか。

 そういえばアニメ『PSYCHO-PASS』も『虐殺器官』の影響を受けてるような気がしますね。話は随分違いますがサイコパスの設定が好きな人はこちらも楽しめる気がします。

 本当に色々考えさせられるというか自分の想像力を刺激される作品でした。原作も是非読んでみたいと思いましたね。(とはいえ『ハーモニー』も買ったけどまだよんでない・・・汗)

<スタッフ>
原作:「虐殺器官」伊藤計劃(ハヤカワ文庫JA)
監督・脚本:村瀬修功
キャラクター原案:redjuice
美術監督:田村せいき/色彩設計:茂木孝浩
アニメーション制作:ジェノスタジオ

『虐殺器官』公式サイト

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